Cycling Road & Route - Cycling Tomorrow Japan

さいたま歴史探訪サイクリング -吉見観音紅葉散走-

ロード・コースのタイプ
一般道,自転車道
全長
70.1㎞
所要時間めやす
約5時間

ルートマップ

【安楽寺】
埼玉県比企郡吉見町御所374
真言宗智山派の寺院で山号は岩殿山、院号は光明院。本尊は聖観世音菩薩です。坂東三十三箇所11番札所、関東八十八箇所75番札所、東国花の寺百ヶ寺埼玉5番です。通称、吉見観音とも言われています。 また、第9番慈光寺、第10番正法寺とともに比企三山とも言われています。 寺の設立は、奈良時代の僧・行基が聖観音像を安置したのに始まると言われています。平安時代初期の武将坂上田村麻呂が堂宇を建立したと伝えられ。本尊の吉見観音は毎年6月18日に厄除観音会が催され、御開扉されます。その後、源頼朝の弟源範頼が三重塔などを建てたとされていますが、天文年間(1532-54)の上杉憲政と北条氏康の松山城合戦に際し、すべての伽藍が焼失したと伝えています。江戸時代前期、杲鏡によって再興されました。 紅葉を見頃は、10月中旬~11月中旬、お寺と紅葉はやはり抜群の組み合わせ。 とても心穏やかに境内を散策でき、ゆっくりとした時間が流れます。

【八丁湖】
吉見町は水田の灌漑用の人工湖沼の多いところで、この八丁湖もそのひとつ。戦前までは、「八丁八反の沼」と呼ばれていましたが、実際に「八丁八反」の面積を有していたのではなく、「八」が末広がりで、かつ「八」を重ねると語呂がよいことに起因します。 「八丁湖」と呼ばれるようになったのは戦後です。 湖の周囲は遊歩道が整備されており、4月は湖岸沿いに桜が咲き、6月は千株もの紫陽花が咲く。 また、湖の奥には黒岩横穴墓群があり、鬱蒼とした緑に覆われている。湖最奥部にある湿地帯の原野は松山城から続いており、古戦場だったところです。

【文永弥陀浮彫大板碑】
埼玉県比企郡吉見町古名336
阿弥陀の種子と図像を刻んだ大板碑で、高さ2.3 m、上幅56cm、下幅60cm、厚さ7cmほどの豪華な板碑。頭部を欠損する。土地の人は「おねんぼう様」と呼ばれいぼとりに霊験があると伝えられています。鎌倉時代中期 文永十二年(1275)の銘がある。 頭部を欠損する。身部上方、荘厳体の阿弥陀種子が残る。その下、蓮華座上に来迎印阿弥陀如来を浮彫にし、下方に願文・紀年銘を刻む荘厳体の阿弥陀種子「キリーク」が残る。種子は蓮華座なしに薬研彫されている。身部は、太い一重の輪郭を巻く。右手は上品の相、頭部は螺髪(らほつ)まで丁寧に刻み、頭光の中心に連弁が刻まれている。みごとな放射光を表現した頭光を負い、蓮華座に立つ来迎阿弥陀如来を浮彫にする。阿弥陀如来は、神々しくも美しい。 蓮華座は、陰刻ではなく、浮彫にされている。中央に「文永拾二年(1275)乙亥、中春時正」、両側に各二行「右所造立者為阿仏?妻女、現世平生期待万善修行芳」、「千年松竹本臨終閉眼夕拝、三尊来迎月紫雲十念時也」 「文永十二年春、彼岸の中日に阿仏と妻女の逆修供養の為に造立された」 「千年の松竹、臨終で眼を閉じる夕べ、紫雲たなびく月より三尊が来迎するを拝す。今が十念の時なり」

【旧陸軍桶川飛行学校】
埼玉県桶川市 川田谷2,335-42
日本陸軍の軍学校で飛行機操縦に従事する航空兵科下士官となる生徒、少年飛行兵、あるいは将校たちに、飛行機操縦の基本教育を行った学校。 1935年(昭和10年)12月に開設され、1945年(昭和20年)2月に第52航空師団の一部に改編のため閉鎖されました。 学校本部および本校は埼玉県大里郡(現在の熊谷市西部)に置かれ、桶川他数か所に分教場または分教所が置かれていました。

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