Cycling Road & Route - Cycling Tomorrow Japan

さいたま歴史探訪サイクリング -越生梅林散走-

ロード・コースのタイプ
一般道,自転車道
全長
87.5km
所要時間めやす
約7時間

越生梅林について
 南北朝時代に武蔵国小杉村に大宰府(福岡県)より天満宮を分祀した(梅園神社)際に梅を植えたのが起源とだと言われています。 梅林は、約2haの広さで、白加賀、越生野梅、紅梅などの保存古木など約1,000本が植えられています。明治期には、佐佐木信綱、田山花袋、野口雨情らが訪れ、その風情を詩歌に残しています。 新編武蔵風土記稿の津久根村の項に「土地梅に宜しく梅の樹多く植ゆ、実を取って梅干として江戸に送る。比辺皆同じけれど殊に当村に多しといふ」とあり、梅の生産が盛んであったことを伺わせます。 現在では梅林を中心に2万5千本の梅が栽培されています。 2月後半から3月中旬まで梅まつりが行われ、梅林のなかにミニSLの全長253m一周線路が敷設され、期間内の設定日にはミニSL(かつて八高線で走っていた国鉄9600形蒸気機関車の10分の1モデル)が運行されます。

万福寺の板碑について
この地は児玉党(※1)の一派で、浅羽氏の本拠地として古くから栄えていて万葉集にもその名を残しています。 この万福寺は浅羽氏の菩提寺と伝えられ境内には鎌倉時代の徳治2年(1307年)の板碑が有ります。 この板碑には僧の慧見(けいけん)が、祖先である浅羽行成のために建立。主尊のアーンク(梵字)、真言宗の仏である大日如来を現しています。板碑は緑泥片岩で作られ、高さ212cm、幅85cm、厚さ14.6cmです。種字の下には左右に「右為曩祖浅羽小大夫有道行長成、朝臣其子孫等就彼故墳」、「奉造立也伏願菩提樹茂、近蔭後毘本覚月朗遠照幽冥也」、中央には「徳治二季(1307)、丁未、結制日、七代末孫比丘、慧見幹縁造立」と刻まれています。 ※1児玉党とは、平安時代後期から鎌倉時代にかけて武蔵国で割拠した武士団の一つ。主に武蔵国最北端域全域を中心に拠点を置いていた。

出雲伊波比(イズモイワイ)神社について
埼玉県入間郡毛呂山町岩井に在る出雲伊波比神社は宝亀3年(772)12月の太政官府に朝廷の奉幣が絶えたのを怒り雷神を率いて入間郡の正倉を焼いたとされている神社で、中世に活躍する毛呂氏や越生氏が祭祀した神社だろうとされています。 本殿建築は流造一間社で屋根は桧皮葺形式、大永8年(享禄元年=1528年)9月15日に毛呂三河守藤原朝臣顕重が再建されたもので、県内最古の室町期の神社建築です。 中世期には茂呂(毛呂)明神、飛来明神、八幡宮とも称されていた。ちなみに八幡宮は源頼義父子が当社を参詣後に凱旋し、八幡宮を相殿にまつったことに始まり、明治期まで二社併立していました。明治4年に八幡宮その他を合祀し明治6年に郷社列格。 現在の本殿はこの再建時のもので一間社流造、棟札二面と併せて国の重要文化財に指定されています。また埼玉県内で「流鏑馬」(11月3日)が毎年奉納される唯一の神社です。

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